いちおう断っておくけれども、小学生の頃、わたし給食を残したことは1回しかない。みんなが食べ残したのをすべて処理してて、ロクにメシ食わせて ないみたいで恥ずかしいと親に言われたぐらいだ。その、1回だけ残したってのは、なんやら八宝菜らしきシロモノだったんだけど、何をどうしたらこんなにマズく なる?ってくらいに超絶的にマズくて、さすがに自分の分を処理するのが精一杯だった。
そんなわたくし、牛乳とピーマンとマーガリンは学校給食の三大悪だと思う。
なんで牛乳のまなきゃなんない?いや、飲めと言われりゃ飲みますがね。ピーマン…そりゃ食えって言われたら食いますが。いまスーパーで自腹で牛乳とピーマンを買うことはありません。マーガリンは、小学校の卒業と同時に卒業。
学校給食の発端が、敗戦後のアメリカからの援助物資であって、やっぱり戦前~戦後の「体位向上」が主眼だったので、まずは栄養ということだったのだと思う。
それにしたって牛乳、ピーマン、マーガリンってのは、いかにもアメリカンなんだよなあ。
まず、牛乳。
そもそも牛乳を「飲む」ってのは、アリなのか?
そりゃあ牛やらヤギやらの乳の利用は古代からあるけれども、乳は日持ちしませんから。古代ローマ時代だってチーズ、現在のペコリーノ・ロマーノに加工して兵糧に使ってた訳で。生乳を飲む習慣は生産地、それこそ「アルプスの少女ハイジ」のワンシーン、ペーターがヤギの乳房の下にもぐってクチ開けて、乳房を絞って飲むみたいなことしかなかった訳ね。
生乳を飲むって食習慣は、生乳を冷蔵して輸送するという技術があって初めて成立するのであって。生乳がたんまり余った、それじゃあそれを冷蔵で保存して、どんどこどんどこ消費者へ供給しちゃえ、ってな話。まったくアメリカンだ。
ピーマン。客観的に言って、青臭い。決してウマいモノではない。
だいいちなんで「ピーマン」と言うのだ?アメリカじゃ bell pepper とか言うらしい。そもそもピーマンはトウガラシの一種であり、日本のシシトウの類だ。原産地は南米で、北米は原産地に近いから、日本より品種が多様で、いろんなモノがあるらしい…だから呼び名も品種ごとに色々あるらしい。
平たく言うとピーマンは外国のシシトウだ。日本人がどれだけシシトウを食う?
日本のシシトウみたいな野菜を考えるに、京都の万願寺唐辛子が思い当たる。いちおう「京の伝統野菜」に指定されてるけれども、栽培の歴史が浅くて、「準じるもの」という扱いだ。他にも山科唐辛子があるけれども、京都市内のスーパーでもそんなにお目にかかれない。あと伏見唐辛子、田中唐辛子、鷹峯唐辛子があるそうだけれども、現物を見たことがないし、栽培の歴史はごく浅い。
ともあれ万願寺唐辛子だけれども、これは「あおとじゃこ」だな。いわゆる「おばんざい」ってヤツ。おじゃこ(ちりめんじゃこ)をダシがわりに醤油味で煮るのだ。炒めたりしません。生で…食えなくはないけど、普通は煮て食べます。
万願寺唐辛子もピーマンも、いずれも同じく辛くない緑色の唐辛子なのだ。それを生で食ったり、炒めたりというのは、そもそも日本の食文化として、ありえない話なのだよ。
子どもの味覚からしても苦くて青臭い。栄養があるから食え食えって、それは食育と言えるのか?
マーガリンはフランス生まれだな。ウィキペディアに歴史が書かれているので参照のこと。ナポレオン3世の時代にバターの代用品として商業化されたのだ。いまトランス脂肪酸がどーのこーので日本でも一部で騒がれてる。
私の味覚からして、マーガリンは単に不味い。舌がトランス脂肪酸に反応するんだと思う。学食の素うどんに揚げ玉が入ってて、その揚げ玉で舌がひんまがりそうになったことがある。たぶん業務用で麺類に入れるためにわざわざ作られた揚げ玉で、おそらく揚げるのにショートニングを使ってたんだと思う。そうでなきゃ私の舌が反応するはずはない。
とにかく…牛乳とピーマンとマーガリンは、子どもに食わせるもんじゃない。
牛乳は、グローバルな食文化、食の歴史からしても、生乳を飲むというのは極めて特殊だし、アレルギーやら何やらで問題ありまくりだ。ピーマンは、子どもの味覚からしても苦くて青臭いというのに、栄養があるってだけの理由で食わせるのは、教育的ではないだろう。マーガリンも欧米ではトランス脂肪酸が問題視されてる。
そういうのを子どもに無理強いするっての、とうてい教育的とは言えないでしょう。