意志決定労働

getnews.jp

ドラッカーの知識社会論をおさらいすると、近未来の社会で人間は知識労働者とサービス労働者の2つの「階層」に分化するという。

 

それぞれの定義がわかりにくくて。

 

知識労働者とは知識のマネジメントに責任を負うことによって稼ぐ。

サービス労働者は、知識を直接に仕事に適用することによって稼ぐ。

 

しかし冒頭の記事と照合すれば、この区分がずいぶんあやふやに思われる。

 

コンビニの店員はサービス労働者か?と考えれば、明らかに異なる。どちらかというと知識労働者になる。

 

実は知識労働/サービス労働という区分があまり役に立たなくなってきているのではないだろうか?

 

冒頭の記事をよくよく検討すれば、コンビニの店長・店員・アルバイトの仕事の本質は意志決定なんだよな。

 

成果主義なんてのが一世を風靡したが、とどのつまり、成果が出た出なかったは、意志決定の結果論であって。

 

そすと、現代の多くの労働は意志決定であり、現代は意志決定労働が主流なんだということになる。

 

確かに介護の現場なんかはサービス労働になる。けれどもこれもAI入りロボットに置き換わるかも知れない…

 

こんな記事を思い出した:

www.itmedia.co.jp

「責任をとる」仕事は人間にしかできない、と。

 

責任をとるとは、意志決定の結果が良くなかった場合の後始末をどうするかってことだろう。

 

そすと、AIやらロボットやらが発展しても、人間の意志決定労働はなくならないということになる。

 

つまり究極的な「労働」の定義はすなわち意志決定ということになるだろう。

 

しっかし、発注業務なんて高高度な意志決定仕事やらせといて時給1,000円程度でコキ使うってのは、どうにもこうにも搾取であることよ。