マイルドヤンキーに関する考察(03)

 アクセス解析みたら「よさこい マイルドヤンキー」というのがあって。

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YOSAKOI、実は札幌市民は嫌ってる?:朝日新聞デジタル

YOSAKOIって「ザ・マイルドヤンキー」って感じするよね

2017/06/04 18:01

b.hatena.ne.jpなんてのがあった。

 そりゃまそーだと思うので、改めて「YOSAKOIソーラン祭り」について記事を書いてみる。

 

 前に私は

sakurahirosi.hatenablog.comのエントリで、マイルドヤンキーの要件として

2. 生まれ育って現在居住している地域の伝統文化から疎外されている、またはその地域に伝統文化と呼べるようなモノがない

を挙げた。

 

 北海道という土地は、まさしくこれに該当する。北海道への日本人の「入植」は明治になってからで、そもそも歴史が浅く、独自の伝統文化と呼べるものがない。

 

YOSAKOIソーラン祭り―街づくりNPOの経営学 (岩波アクティブ新書)

YOSAKOIソーラン祭り―街づくりNPOの経営学 (岩波アクティブ新書)

 

 

 この本を読んだ記憶がある…本の雪崩の中に埋もれているので取り出せない。この本で、言い出しっぺやり出しっぺの人がどうやって企画したかが書かれていたと思う。論旨は忘れた。

 とにかく新たに「祭りをこしらえる」となれば、地域に伝統文化があればそれに従って組み立てるものだろうが、そういう伝統文化が皆無な土地柄。そうすると、伝統から大いにハズれた「華やかな」ほぼイコール「俗悪」な事象を寄せ集めてパッチワークでもってこしらえる他はない。もちろん出来上がったモノは俗悪ギッシリいっぱいいっぱいになるに決まっている。

 

 このようにYOSAKOIソーラン祭りは悲しいかな、私が挙げたマイルドヤンキーの要件にどんぴしゃりハマってしまっている。

YOSAKOIって「ザ・マイルドヤンキー」って感じするよね

とは、言い得て妙と言うのみである。

 

朝日新聞デジタルの記事を再掲:

www.asahi.com

https://web.archive.org/web/20190503225835/https://www.asahi.com/articles/ASK5Y76YTK5YIIPE02T.html

 

 さすがに札幌は都会で、開けて150年ぐらいにはなるし、「本土」との往来も多いから、それなりに都市文化というものがあるだろう。しかしYOSAKOIソーラン祭りはどうにもこうにも都会、都市文化から大きくかけ離れたものにしか見えない。

 いちおう都会人である札幌市民から嫌われるのもムベなるかな

 

 

ポストに怪文書が入ってた。

 あちこちでポストインされているらしい。電波系としか表現のしようがない。

ririka.jp  このRIRIKA氏のブログに高画質なものが載っていた。無断で恐縮だが、転載させていただく:

目片文夫氏の文書

目片文夫氏の文書

 ウチのポストに入っていたものは文面まったく同じで、左下隅に「2019.4.15 作成」とある。

 

 元・京都大学助教授の目片文夫なる人物が何の人だか調べたら、京大でも霊長類研究所でサルの筋肉の研究をされていたようだ。

 ぐぐれば定年退官の辞が残ってる:

www.pri.kyoto-u.ac.jp

https://web.archive.org/web/20110311122550/https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/nenpou/2004/11-retirement/mekata.html

https://megalodon.jp/2019-0616-1735-34/https://www.pri.kyoto-u.ac.jp:443/nenpou/2004/11-retirement/mekata.html

 

 これまた良くわからない。自分は「特殊能力」を持ち合わせているにもかかわらず、それを正当に「測定」してもらう機会に恵まれなかった、という趣旨か?サルを研究してたらそういう発想になるんかいな???京都大学の霊長類研究所ってば、ハチャメチャにフリーダムなところというイメージがあるのだけど、そんなとこで浅田彰みたいな感じで万年助教授に甘んじるのならまだしも、万年助教授であることに怨嗟の念を持つとは、なんのことやら理解不能

 

 さらにぐぐれば、2011年に衆議院の愛知6区補欠選挙に立候補して、そのとき年齢は71歳で、最下位であえなく落選(そのすぐ上の落選者は幸福実現党の人)。そすと現在は79歳か80歳だろう。

 

 裏口入学ってば私立の話で、国立の裏口なんて聞かないなあ。

 

 最近の東大、学生間の格差がものすごいとは聞いている。ひぃひぃじーさんから代々東大という、ごくごく一握りの学生(怪文書にある「何割」という数より圧倒的に少ない)と、圧倒的大多数である普通のガリ勉君たちとの格差。

 もちろんこれは裏口入学でも閨閥でもなんでもない。闇の世界の特権グループなんぞありはしない(フリーメーソンですら今は情報公開の時代だ)。こんな「陰謀論」がまかり通るほど日本は甘くないぞ。

 

 東大の学生間の格差は文化資本論問題だよ。

 

 入試に話をもっていくなら、戦前、日本の皇族の男子は学習院と京大に無試験で入れたのだ。つまり、かつては東大よりも京大の方が不平等だった。

 どっかで聞いた話。あるときなぜだか、とある宮様が東大を受験されたものの、得点はぜんぜんダメ。頭を抱えた入試担当者が総長にお伺いをたてた。入試の得点はどうだったかと総長が聞けば、はるかに及びませんと。それでは話にならんとニベもなかったという。

 

九州の醤油が甘い理由

 私自身は純然たる九州男児ながら、高校を卒業してすぐ上京。東京のソバつゆ、醤油ラーメンにまごつきながら多少の自炊もやり、九州の醤油は絶望的に香りに欠けると悟った。だから私は九州の醤油を刺身と卵かけご飯以外には使わず、料理にはキッコーマンと名古屋の白醤油を使っている…関西に住んでいたこともあるが、あの薄口醤油は非常に使い方が難しい。それに比べて白醤油は、量を多少まちがえてもどうにかなるので。

 

 九州の醤油が甘いことについて、父が戦後に現在のような醤油が登場して、味に感動したと言うのを聞いていた。

 

 九州の醤油は、アミノ酸液を添加し、さらに甘草エキスなど甘味料を添加して、ドロリと甘く仕上げる。

 

 台湾に行ったとき高雄市でチャチャっと某デパートの地階を回ったが、普通の日本人の背丈&横幅ぐらいの醤油の棚は九州の醤油が席巻していた。台湾南部の人の嗜好に合っているのだろう。

 

 父の言からして、このような添加物は戦争直後の物資不足から生まれたものだろうとはもっていた。けれども、きちんとした文献が見当たらない。

 

www.kikkoman.co.jp

KIKKOMANのおいしい挑戦~アメリカ進出50周年~ 館内展示パネル キッコーマン国際食文化研究センター

 

 このページから、確かに戦争の頃の大豆&小麦不足でアミノ酸液添加が始まったことが裏付けられる。

 さらに調べてようやくアカデミックな文章に行き当たった:

 

宇都宮由佳『山口と九州の甘いしょうゆの形成要因 ― 再仕込みしょうゆの広がり、混合醤油』、FOOD CULTURE No.29, pp. 15-20、キッコーマン国際食文化研究センター、2019年(刊行月日不明)

https://www.kikkoman.co.jp/pdf/no29_j_015_020.pdf

Wayback Machine

 

 山口を中心として、せいぜい佐賀までの範囲の文章だけど、やはり戦中から終戦直後の物資不足でアミノ酸液添加が始まったとある。

 さらに、アミノ酸液には独特の臭いがあるため、これを抑えるために糖蜜などを添加したと。それが戦後になって人々が甘さを求めたため、甘草カンゾウブドウ糖を添加するようになり、さらに甘くなったと宇都宮氏は考察している。

 なるほど、あり得る話ではある。

 

 しかしこれだけ豊かになったご時世に、アミノ酸液やらの添加というのはいかがなものか。私の郷里では見かけないが、鹿児島ではサッカリンを規制量めいっぱい、九州北部ではその半分程度と宇都宮氏は述べている。

 

 それだったら再仕込みの工程(宇都宮氏の文章1ページ目右上)の工夫で、完全無添加の甘くて香り高い醤油が作れそうなものを、なんで作らないのだ?九州人がすでに慣れているのに加えて、コスト問題があるのかも知れない。しかし熊本のフンドーダイが

mrs.living.jp“醤油は黒い”を覆す「透明醤油」が爆誕!汚れないから小さい子どもがいる家庭にも◎|くらしのアンテナ | リビングくらしナビ (web.archive.org)

 とある東京のデバ地下で見つけ、手に取ったけど、完全無添加と謳いながらトレハロースがバッチリ添加されてて、こりゃ甘いだろうと棚に戻した。こういうのを作るより、完全無添加の甘口再仕込み醤油を作った方が良いと思うのだが。

 

 私の知る限り九州で完全無添加の醤油を作っているのは長崎のチョーコー(ここは昭和中期以来と古い)に大分のフンドーキンぐらいだと思う…他にもあるかも知れないが。しかしどちらも味は確かめたことはない…量が多くて高いので。

 

 

 

 

観念の遊び

 ひところローラが辺野古問題について発言したことが取りざたされた。

 なんでまたイチ芸能人の政治的発言がわざわざ問題とされるのか良くわからないが、とにかく芸能人は稼げてナンボなのであり、稼ぎに影響を及ぼす言動には注意しなければならない。

 

 日本の芸能界を振り返ってみると、ザ・タイマーズというバンドがあった。忌野清志郎に良く似ている人物が政治的な歌を歌ったりしたものだが、令和元年の時点で彼らの歌はデイ・ドリーム・ビリーバーのカバーしか残っていない。忌野清志郎に良く似ている人物ですら、売れないものは売れなかったのだ。

 

 第二次世界大戦終結から平成いっぱいまでの日本の状況を振り返れば「政治的なモノ」は必ずウサン臭さとセットだった。

 

 かなり古い人物だが、その言行に納得いくものがあった。

 故・江田三郎といえば旧・日本社会党の重鎮だったけれども毀誉褒貶も多く、最晩年には社会党から除名された人物だ。

 

www.eda-jp.com

これは1977年に出版された本だが、この中に以下のような一節がある:

 

 私にとって、社会主義はご神符ではない。社会主義運動とは、人間優先の理念にたって、現実の不合理・不公正の一つ一つをたたき直してゆく、終着駅のない運動のトータルなのであり、そのことを国民の同意のもとに行おうというのであり、右だ左だというのはつまらない観念の遊びであり、大切なことは、現実の改革に有効なのか否かである。

新しい政治をめざして/社会主義神話の崩壊と社会民主主義の再生

 

 江田三郎の没後、これをうけて政治ジャーナリストの故・内田健三(基本的に自民党を追いかけていた人だけど右から左までの交友関係が非常に幅広かった)が、こんなことを書いている:

 

…同じころ、江田さんは衆院転進(63年11月総選挙で初当選)を機に、選挙区の倉敷市郊外に新居を構えた。敷地一万坪と称する駄ボラが反対グループの好餌となったが、何のことはない境界なしの隣りの山すそのお寺の敷地を含めての笑い話。その後始めたゴルフも「ブルジョワ趣味」と非難を浴びたが、悪声を放ったそのころの観念左派の面々はいまどんな顔でクラブを振っているのだろうか。

江田三郎・想いでの走馬灯/内田健三

(注 「同じ頃」というのは1962年、江田氏が「江田ビジョン」を示した時期を指す)

 

 江田氏も内田氏も、ざっくり経歴を見ると非常にリアリスティックであるように見え、とりわけ内田氏に至っては、どうにもこうにもリアルな戦争体験をお持ちのようだ。

 そういう人たちからすれば右翼だの左翼だのというのは「観念の遊び」にしか見えない。リアリストであればあるほど、右翼や左翼とは縁遠くなる。

 

 そうした昭和後期の政治のプロですら観念の遊びと言うのだから、令和の一般の市井の人たちにしてみれば政治「的」なものは、どうにもこうにも「うさんくさい」ようにしか見えない。

  だからネトウヨだのパヨクだのという言葉が使われる。

 

 外国を引き合いに出すのは嫌いなのだが、アメリカの場合、いちおうは民主主義が根付いていて、無党派層は多いのだけど、それでも自分たちが政治家を選挙で選ぶという文化がしっかりとある。

 

 それでもアメリカで芸能人が政治を語るのは、やっぱり慎重であるように見える。

 

 テイラー・スウィフトは元々カントリー畑の人で、カントリーというのはイナカの白人が聴く音楽だから、世間からは保守系共和党寄りと見られている。それが、政治的な言動には慎重だがと前置きした上で、地元の共和党候補は信頼できないと発言した。だから、かなりの驚きを世間に引き起こしたようだ。

 

 日本ではどうだろう。

 

 むかし坂本龍一は、学生時代を回顧して♪友よ~なんて歌ってる奴らをぶんなぐりたかったと言っていた。そんな奴らは観念の遊びをやっているように見えたのだろう。

 それが後年には非戦だの地雷ゼロだのと言った。まあ「教授」は多少のことがあっても食い扶持には困らないだろうが、やっぱり観念の遊びの暗黒面に堕ちてしまったのだなあと、私は落胆したものである。

 

 アグネス・チャンにせよ蓮舫にせよ、もともとタレントだったのが、いつの間にやら政治的なヒトたちになってしまった。彼女らを「うさんくさい」と思う人は、同様に彼女らの観念の遊びの側面を見逃していないのだろう。

 

 ネトウヨとかパヨクとか言う。これらも同様。

 

 つまり日本で「政治的」であることには、観念の遊びという「うさんくささ」がどうにもこうにもつきまとう。だから、ローラなんて一介のタレントが辺野古問題に言及すれば一般大衆は、すぐさま観念の遊びの気配とうさんくささを感じとって批判する、ということだろう。

 

 何が日本を、政治的=観念の遊び=うさんくさいという風にしてしまったのだろうか。

 

 おそらくは全共闘の連中のせいだろう。

 

 北方謙三が言ったように思うが、氏らは理想に燃えて世間を変えようと戦ったと。

 

 ところが当時の大学進学率をざっくり当たってみると、十数パーセントでしかなかった。時代が全共闘の少し後になるが、ばんばひろふみ『いちご白書をもう一度』には

就職が決まって髪を切ってきた時

という一節がある。当時は大学生は十分にエリートであり、令和の学生には信じられないかも知れないが、彼らはロン毛で就活やって、内定もらってようやく髪を切ったのである。

 

 実際のところ全共闘は何も変えられなかったし、何も生まなかった。非常に極端な例を出せば、平成に入ってまでも内ゲバやって訳だし。

 

 こんなじゃあ、後年の人はシラけるよね。

 

 かと言って現在の国会議員がマトモかと言えば、まったくマトモではなく。余計に世間の人たちの政治離れを促してしまう。

 

 手元に本がないので出所を示せないが、ドラッカーが言った…ドラッカー経営学者ではなく(本人が言明している)本質的に政治学者だ(博士の学位は政治学だし)。

 ともあれドラッカーは保守について、現実に対する適切な対応と言っていた。つまり、単に従来の政治システムに固執することが保守ではない。これが左翼政党だと、マルクスだかレーニンだか労農同盟だか何だか知らないが、旧ソ連の崩壊で露呈した観念の遊びに固執している人からすれば、現実に対する適切な対処を謳う(たとえば故・江田三郎みたいな)人は異端でしかない。右翼勢力にしても同様。

 

 ドラッカー的な保守、かつリベラルな「まっとうな」政治家が増えれば、日本の政治環境は良くなるに決まっているのだけど…それまた右派・左派から攻撃を食らうんだろうな。

 

 かと言って物事をストレートに言えばカドが立つし、議員さんも票が取れてナンボ、落選すればタダの人。現実問題をストレートに言えば言うほど、議員さんの政治生命は脅かされてしまうのだ。そこんとこのバランスが取れてる人がもっと増えれば、ねえ。

 

 政治家は仕事だからともかく、われわれ市井の人間が観念の遊びにとらわれちゃあ、人生うまくいかない。自分を含め、観念の遊びについては厳重に警戒しなければならない。

 

Windows10のライセンス認証を解除する

 Windows が 7のPCと 10 のと複数あって、10のが何か動きがヘン。だからWindows10をクリーンインストールすることにした。

 

 環境は

  • BTOのPCで、Windows10 Pro がプレインストール済
  • MS Office は2010のパッケージ版
  • セキュリティソフトはeset

 

 Windows 10 については

f:id:sakurahirosi:20190510071131j:plain

 本体の外側にこんなシールが貼られていて、ボカシ部分に5×5=25桁のアクティベーションコードが書かれている。正体不明の数字とQRコードも書かれていたから、これはモザイク。

 

Office と eset は普通にアンインストールすれば良いらしい。

 

 さて Windows 10 の認証は、どうやって解除するのか?

 

 ぐぐっても、コールセンターに電話しか見当たらない。

 

 ライセンス認証情報を消してやれば良いだけのはずだし、なんでわざわざコールセンターに電話なんてかったるい事やんなきゃなんない?

 

 ぐぐりにぐぐったら、こんなのに行き当たった:

 

codeday.me

Windowsのライセンス認証をリセットする/ライセンスキーを削除する[閉じる] - コードログ

【魚拓】Windowsのライセンス認証をリセットする/ライセンスキーを削除する[閉じる] - コードログ

 

 なんだか外国語の機械翻訳っぽい文体だなあ、それでも日本語にはなってるけど。

 

 ともあれ、これを試してみることにした。

 

  1. 管理者としてコマンドプロンプトを起動する。
  2. slmgr /upk と入力。ダイアログのウィンドウが出てくるのを待って、

    slmgr /upk

    OKをクリック。
  3. slmgr /cpky と入力。ダイアログのウィンドウが出てくるのを待って、

    slmgr /cpky

    OKをクリック。
  4. slmgr /rearm と入力。ダイアログのウィンドウが出てくるのを待って、

    slmgr /rearm

    OKをクリック。
  5. コマンドプロンプトを閉じる。
  6. 再起動する。

 

 再起動して見てみたら、

 

ライセンス認証されていません


ライセンス認証されていませんとバッチリ表示された。

 

 それから普通に Windows 10 をクリーンインストール。本体横の5×5=25桁のアクティベーションコードを入力。

 

 終わって見てみたら、ライセンス認証されていますとバッチリ表示された。コールセンターの出番なし。

 

おしまい。

 

砂糖屋の遠か

 砂糖屋の遠かというのは長崎のことばで、料理がしょっぱいことを指す。

 

 でも良く考えてみてほしい。砂糖屋って、そんなに昔っからあるものなのか?

 

 むかぁし昔、砂糖は大変な貴重品で。狂言に『附子ぶす』という演目があって…内容はぐぐってちょうだい。そのころ砂糖は非常に貴重な輸入品であったことを物語っている。

 江戸時代になると日本国内でもサトウキビが栽培されるようになるけれども、それでも貴重であったことに変わりはなく。

 

 長崎は鎖国下でも開かれた港であり、輸入された砂糖が豊富だったのらしい。そういう事情から長崎で、そのような言い回しができたということのようだ。

 

 私の子供の頃でも砂糖は近所のなんでも屋さんで斤の単位で買うものだった。おつかいで買いに行くと、おっちゃんがでっかい壺の木のフタをあけて、スコップですくい天秤で量って、紙袋に入れてくれたものだ…

 と改めて調べたけど、メートル法完全施行直前において1斤=600g だったけど、紙袋はそれよりずっと小さかったように思う。当時一般的だった斤とは違う英斤(450g)だったのかも知れない。

 

 とにかく砂糖というものは、そんなどこにでも売っているというモノではなかった。私の郷里は城下町だったし、そこいらの店でそのような売り方をしていたのだけど、地元よりさらにイナカな土地では、店に砂糖というものを置いていなかったことだろう。

 

 それじゃあ昔、砂糖は高かったのか?とデータを調べたけど、良い数字が出てこない。とりま

東京での砂糖の価格の推移

東京区部での砂糖の価格の推移(消費者物価指数で割り戻し)

 良い長期データがなくって。東京都の区部での砂糖1kgの価格データはあった。

 それを現在価値に引き直すのに長期の消費者物価指数が欲しかったのだけど、なんか正体不明のモノしかなくて。あくまでも目安と考えてもらえれば。

 

 昭和20年代後半はまだ戦後の混乱があったからクッソ高かったのだけど、昭和30年代は現在の価値でおおむね1kgあたり400円ぐらい。それからボコッと上がってるけど、これは東京オリンピック関係だろう。それから右肩下がり。少しピンと上にハネてるのはオイルショックだ。それ以降はズルズルと右肩下がりで、平成中期はおおむね1kgあたり200円になっている。

 

 平成中期に比べ昭和30年代は約2倍だったのだから、それより前はもっと高かったはずで。

 

 今やどんな田舎の店でも、精白糖1kgポリ袋詰めが入手できないということはないはず。

 とは言え砂糖屋という専門店、業務用や卸売業者はともかく、一般向けの砂糖屋というものは、さすがにないだろう。

 

 砂糖屋は近いような、遠いような、あるいは存在しないような…

 

メモ:九州の醤油を完全無添加で作るには?

 九州の隅っこのド田舎に生まれ育ち、高校を卒業して30年以上、東京から関西の間を放浪した。

 

 その経験から、今となっては九州の醤油が、どうにもなじめない。ドロっとしていて味が濃い。甘い。

 これは、グルテンを化学的に分解した「アミノ酸液」を加えてコクを出して、生薬成分の甘草(カンゾウ)エキスの添加で甘みを付けてるせいだ。

 本州の醤油の香味を知っている私としては、キッコーマンか、名古屋・ヤマシンの醤油がメインで、九州の醤油は卵かけごはんか刺身にしか使わない。

 

 台湾に行ったとき、台北のデパ地下を見て回ったら、九州の醤油だらけ。げんなり。これ何とも不健全だよなあ。

 

 九州の醤油はJAS規格で言えば「さいしこみ(再仕込」醤油)になるのだけど、本州の再仕込醤油は、香味は強いものの、コクと甘みが足りない。

 

 父が言ってのを聞いたのだが、どうも戦中に大豆不足で、それでこういう醤油ができあがったのらしい。父は、醤油ってこんなにウマいものだったのかと感動したと言ってた。

 平成も年号が変わろうというのに、いまだ戦中をひきずった添加物ごってりの九州の醤油、どうにかならんのか?

 

 どうすれば完全無添加の九州醤油を作れるか、考察してみた。

 

 まず添加物のアミノ酸液。これは小麦グルテンを化学分解して作るものだというから、コクと甘みは小麦を白麹で発酵させれば良いだろう。

 しかし単純に小麦を使ったのでは、デンプンが分解され糖分が多くなりすぎてドド甘くなると思う。

 だから、ある程度デンプンを除去し、デンプンを少し残した「麩」を発酵させる必要がありそうだ。麩の製造工程で出てくるデンプンは「浮き粉」といって、魚肉練り製品に必須だというから、これはこれで副産物として外販できる。

 デンプンの残し方、そして麩をどのような形状にして白麹で発酵させれば良いのかが試行錯誤になるだろう。

 

 大豆は普通に醤油麹で発酵させて再仕込するしかない。

 

 これらをブレンドすれば、完全無添加の九州醤油になると思う。

 

 もっとも現在の九州醤油は甘草エキスで甘みを付けているのであり、小麦の麩の白麹発酵でできた甘みは糖分だから、甘さがクドくなるかも知れない。

 

 そしたら、どうしても糖分ナシの甘味料の添加が必要になる。

 

 甘草という生薬は、摂り過ぎたらカリウム欠乏症だの偽アルドステロン症だのといった症状を引き起こす。

 そしたら甘草以外の糖質でない甘味料といえばステビアしかないだろう。

 

まとめると

 

  1. 小麦から一定のデンプンを除去した麩を白麹で発酵
  2. 大豆は醤油麹で発酵させて再仕込醤油に仕立てる
  3. 白麹発酵の小麦をブレンドして熟成
  4. ステビアを添加

 

ということになろうか。